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葬儀とその考え方情報

葬儀の雰囲気は差が大きい

葬儀を迎えたということは、死という結果があるわけだが、その過程においては相当の差があるだろう。その差によって式場の雰囲気も全く変わってくると予想できる。百を越えた高齢者の式と、十に満たぬ子の式では、さぞかし違うのだろう。また、病気ならともかく事故・事件・自死などの場合は参列者の中に腑に落ちない感情を残すかもしれない。通夜も葬儀も初七日も、その後の法要においても、繰り返し考えることになるのだ。そうなるとできる限り無難な…というのも変だが、自然な死を迎えた方がいいのではないか、などとどうにもならないことを考えてみたり。

自然な死に方とは何か

私の葬儀に参列する者が疑問を持たぬよう、自然な死を迎えるのが好ましい。さて自然とはいかなるものか。まずは長生きすることか。七十くらいまで生きれば上等だ。次に死因は病気か。高齢で足腰が弱って転落死、というのも悪くないかもしれない。まだ二十代だというのに私は一体何を考えているのだろう。それより先にやってくるのは親の死である。私が葬儀で喪主という立場になるのか。なんとも気が重い。しかし、平均寿命が伸びたおかげで遠い未来に感じてしまう。これのおかげで相続も遠のくのでいつまで経っても金がない。手にする頃には私が老人だ。